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ネイティヴ・アメリカンを訪ねる旅~ その3 06月17日 (水)
ナバホの保留地は広い。

キャニオン・デ・シェイの名カメラマン&ガイドさん、キャロル。
彼女のお母さんの大切な場所、聖なる場所、「ホーガン」に泊めていただいた。

ホーガンのそばに立ち、周囲を見回す。

何百マイル先まで先が見通せる大地が、
360°ぐるっと 広がっている。

空は青く、高く。
どっちが上でどっちが下なのかわからなくなるくらいに。

自分はあまりに小さい。
ただの点にすぎない。

遠くに見えていた羊のような雲が、
しだいに下へ下へ、たれ落ちるように下がり、黒い筋になっている。

雨が降っているのだ。
そこだけ、雨が降っている。

数時間後には、ここにも雨がくることが「見える」状況で
自分がしなければならないことはなにかを
私でさえ、考える。

ここに住む人たちは、
感覚を研ぎすまし、
常に自然に学びながら、
自然と対話しながら生活を営んできたのだろう。

日本人にもあったはずの感覚。
鈍くなってしまった感覚。

なぜ、
人は、(西洋の人は、と言っていいのだろうか?)
この自然を制服しようとしたのか。
大地を所有しようとしたのか。
自分の知っている知識を総動員しても足りない。
課題=「もっともっと考えなければならないこと」ばかりが残る。

異文化にふれながら、いつも自国の文化に戻る。
自分たちはどうなのか、
自分はどうなのか。
歴史をふりかえれば痛みも伴い、
生活をふりかえれば矛盾も見える。




これに似た風景は、
20代にブラジルでも見たはずのに、
このできごとのとらえかたが、違っている自分に気づく。
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