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ジャックと豆の木 |
10月03日 (日) |
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このSK10の物語は、ジェイコブズの再話によるイギリス昔話で、SK11として出ていた、English Fairy Tales がもとになっている。だからそれを監修された瀬田貞二さんの解説がそのままSk10の巻頭に載せられている。 だから、当時は、このシリーズをやるときは、私は少しでも、English Fairy Talesに触れるようにしていた。まだ、それくらいの余裕を持っていたのだ。
ジェイコブズの昔話は、彼が常に子供たちに語り聞かせながら文字に写していったといわれ、それが素朴な語り口で、音楽的な流れも持っていて、とても心地よく感じ、小さい子にも分かりやすくしているのだ。私は、パーティで少し時間の余裕が出来ると、何の準備もなく、何時読んでも安心して読めるものとして、ジェイコブズの昔話を読んできた。訳本では、「イギリスとアイルランドの昔話」(石井桃子編・訳・福音館書店)を使ってきた。でも、「ちいちゃい、ちいちゃい」などは、英語のほうが、みんなはよろこんだ。
物語の多くが、日常から非日常(異郷)へ、異郷から日常へと境界線を越えて飛び込んでいくけれど、まさにジャックもまめの木を上って、天上にいく。
ジャックがミルキー・ホワイトを連れて市場へ行く途中、おじいさん(神様と考える)が現れ、豆5粒と交換する。これこそが、異郷への橋渡しとなる大切なものだった。こどもたちも、いろいろな物語に出会いながら、なれてくるとすぐ、「これが天上へのみちをつくるものだ」と分かってくる。そこでテーマ活動も、大切にするものを心に納めて進めていくことができる。
豆の木は天まで高く高く伸びる。[ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐん、] 英語では、So Jack climbed, and he climbed and he climbed・・・と7回の繰り返しがある。いかにも高く上り、本当にわれわれを天まで連れて行ってくれる。若者ジャックは、冒険を重ね、幸せをつかむ。
こんな気持ちで、豆の木の表現が、何時も大きなテーマであり、楽しみでもあった。テーマ活動の表現には、発想の転換が必要だ。じっと物語に浸り、心は海原のように広がった子が、ふっといい発想をしてくれる。それが私のテーマ活動の醍醐味を味わう瞬間だった。 ジャックは上を向き、足を踏ん張って上へ上へと上っていく。豆のつるはくねくねと、天(ときめたところ)へとのびる。テーマ活動では、つるも、心はジャックになれる。大勢の心がひとつになった温かい表現が生まれる。
―――ぼくはこのはなしで、好きなところは、「フィー、ファイ、フォウ、ファン、人がくいたい、どの子をとろか、イギリスやろうのうまそなにおい」というところです。ジャックはびんぼうだから、ミルキー・ホワイトがぜんざいさんなのに、まめととりかえてしまって、しかられるにきまっていた。でも、ジャックはうんがいいし、なにかぼうけんができるとしんじていたと思う。―――Y君(小2)
―――”Good morning, mum,”これはぼくが、ジャックをやっているようすです。山男のおかみさんは、優しい人でした。僕はなぜか、おっかさんのように思いました。だから勇気がでたのです。だんだんお金持ちになっていい気分です。ぼくはジャックの気持ちになれて、たのしかったです。―――M君(小4)
―――ジャックと豆の木は、小さいときから知っていて、親しみ深い物語だ。貧乏なものが、最終的には大金持ちになる話は、よくある物語だ。現実に起こりそうもないことが出てくるのが、昔話の面白さだと思った。魔法の豆、それが天までとどいて上っていく。そして金貨の袋を盗む、たいした度胸。しかも2回、3回と運試しをして、見つかってしまうけれども、それくらいのスリルはほしいところ。そして無事成功。お姫様と結婚するなんて出来すぎた話だと思うけれど、昔の人の夢がそこにあったのだろう。―――T君(高3)
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